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掲載日:2025年5月23日
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第73回埼玉県美術展覧会の受賞作品、6部門70作品についての審査員講評です。
審査主任 亀山 祐介
昨今、公募展等に出品される作品数は減少傾向にあります。ところが第73回埼玉県美術展覧会日本画部門の一般、会員の搬入数は147点で昨年よりも14点の増加となりました。これは出品要項を変更し出品可能最小サイズをなくし、どの様に小さな作品であっても出品出来る事を可能にした為と思われます。出品したくともスペース的に、体力的にといった面をカバー出来、更に周知されたならより多くの作品が集まるのではないでしょうか。50、60号の大きな画面にはそれなりの迫力や描き甲斐がありますが、小さな作品には密度や繊細さといった魅力があります。
今年からの展覧会会場は様々なサイズの作品に触れ、出品に躊躇されていた方々にも搬入する勇気を与えられる場所となります事を願っています。
また高校生の出品点数も徐々に増加しており、今回は一般、会員対象の賞の一角を崩し数だけではなく質の向上も見られ今後が楽しみな第73回展となりました。
正方形の画面に青年の横顔の胸像、そしてその背後には多数の交通標識。標識は人生の指針なのでしょうか。トーンダウンした画面の中で青年の横顔だけがうっすらと浮かび上がっている、不思議な作品です。またそのタイトルの意味は。一審から圧倒的に評を集め県展最高賞となりました。次の展開が楽しみな一点です。気負いなく描いていって欲しいと思います。
大根の収穫を終え、一休みしているのでしょうか。一人の女性が作業着姿で座っています。
兎に角、仕事が細かく丁寧で好感が持てる作品です。只、見る側は作品に対して我儘であるので、この中に少しだけ曖昧な箇所があり観る者の想像力を働かせる事が出来る部分があったなら、より作品は魅力を増すのではないだろうかと考えてしまいます。
先ず自然に見える構図からはじまり、卓越したデッサン力に気づかされます。こなれた美しい色彩と顔や衣服の質感がよくでています。
絵の中に入り込める秀作だと思います。
高校生の作品の中において題名も考え合わせましたが、バックの処理が日本画として非常にモダンで美しい事、人物の仕草、衣服の色合いも柔らかですが強さを感じ取れます。一般作品の中で評価を得た事を機に、今後も自信を持って進んで頂きたいと思いました。
蓮の花や水面と葉の描写などしっかりとした写生で丁寧に描き込まれています。緑と花が調和されて生き生きとした生命力が感じられます。色彩も美しく蓮の池の静寂と穏やかさ朝の清々しい空気感がとてもよく表現されていると思います。
青の基調の中に、青・白・グレー・赤の配色が美しく 建物・人物・自動車・道路それぞれ丁寧に描かれています。
旅の途中で出会った街角の風景に旅愁の雰囲気を感じます。
作者の巧みな表現力を素晴らしいと思います。
夕刻の車窓なのでしょうか、日が海に沈む頃。少女が窓の風景を眺めて何か想いにふけっています。色の使い方が新しいと感じました。補色の組み合わせで濁って見えるところですが、うまく表現されています。人物から窓に映ったもう一人の自分を経て、海上の沈みゆく太陽へと視線が注がれる構図。思わず引き込まれてしまいました。これからどのように展開されるのか次作が楽しみです。
作者は数年前から具象的な表現から抽象的な画風に変化しており、作風の変化を楽しみに見守っています。
緻密な描き込みだけでない、画面の中での偶然性を生かしながらも、色彩や動きのバランスを冷静に計算しているのも垣間見られます。表現の可能性を追求する姿勢に好感が持て、柔らかい色合いでいつまでも見ていたい作品です。
審査主任 寺久保 文宣
洋画部門について、埼玉県展は、全国的にみて最も大きく多様な県展の一つで、そして出品者のおよそ半数のみが入選となる大変厳しい県展であります。今年は1,072人の作者の思いが込められた作品が出品されました。
審査会では、県展洋画の歴史的軸線と現代的多様性の双方を鑑みつつ、票決と協議を重ねながら公正厳正に第一審・第二審・第三審と審査を進めました。今年度は、もちろんおおむねではありますが、どのような作風でも、真摯でしっかりとした仕事の上で、作者の実感が伝わってくるような作品が評価される傾向にありました。受賞作もその線に沿っていると思います。
また別に、例年一票差で入選を逃している作品数が大変に多いのも実情です。このことは、入選されても気が抜けませんし、落選されても気落ちすることはありません。いずれにせよ、これからもご精進を続けられ、自らの芸術を深めてくだされば幸いです。そして埼玉県展への出品が、皆様にとって一つの実践や契機の場となることを願っています。
本作は、人物画として極めてオーソドクスで平明な作風ですが、形体と構成と描写の堅実さの中に、誠実で絵心の宿りを感じさせる作品でした。なお、県知事賞・県議会長賞・教育長賞は「3賞」として、今年度の県展の顔そして埼玉県展の美的理念を象徴します。
本作は、その中核たる埼玉県知事賞として全会一致の賛同を得ての受賞となりました。
卓上の花を見つめる観察の細やかさと、背景の大胆な処理とのコントラストが見事です。
一度丹念に描き込まれた窓外の、過剰な描写を打ち消すように、ホワイトが巾広の筆で勢い良く重ねられ、花と背景との距離感を強調しています。その空間の広がりが、この絵にスケールの大きさと風格を与えていると感じられます。花の白。紫、桃色にベージュ色が添えられて机のブルーグレー、ドア、窓枠の灰白色と響き合い、品の良い爽やかな画面になりました。
構図の狙いどころが新鮮で、若さを感じる作品であります。シャープな直線、荒い描き方、色彩は薄く、線を生かした個性的な作品となり、魅力を感じます。思い切った作品作りが成功している。全体的に味のある色使いであり、シャンプーボトルの赤色が画面を締めています。シャワーヘッドのあたりにもう一色あればよいと思います。
画面全体を覆うグリーンと、その色と対比されるブルー、ピンク、ホワイトなどの色と形。それは有機的で変化に富み、作品の強い味方となっています。画面上で構成される形には、一切直線は見られず、曲線で自由に描かれています。その力強い画面は素晴らしい。
油絵具で描かれた作品は凹凸のあるマチエールで作られており、部分的に方解石の粉を入れた絵具でおおわれています。絵具のつけ方も配慮されており画面にアクセントを与えています。エネルギーのある若々しい作品です。
全体の色のトーンが美しい。円卓の上に置かれているさまざまな花瓶の形も良く工夫されています。一つ一つモチーフの選択もおしゃれです。このおしゃれな沢山のモチーフもうるささを感じさせない色合いで構成され、楽しささえ感じさせてくれます。この丸テーブルが全体をよくまとめ魅力的な作品にしています。
水路の杭の並びが、奥行きがある立体感と動きのある構図になっています。
杭にからむ草や蔦、光の当たり方など丁寧にかつ力強く描かれ、その杭の影が画面を引き締めています。影との対比で水に光を与え、水音までも聞こえて来るようです。力強く清涼感のある秀作です。今後の更なる制作に期待します。
奥秩父、荒川源流、甲武信岳の様子を描いた不透明水彩作品であります。
原生林が緑に染まり、細かな描き方で密度があり、筆のタッチが臨場感を出しています。
山奥の木々や苔が細密に描かれ、人の立ち入らない気配を感じます。鳥が一羽飛んで、源流の流れと共にアクセントとなり絵を引き締めています。
緑色に覆われる夏の森の中に、二株の山ユリが今、花開いたところです。その山ユリは高低差をつけて右に向かって傾いています。バックに描かれている木の幹は黒く左方向に向き描かれて山ユリとの対比を際立たせ効果的です。この作品の大きな魅力は透明感にあふれた光に満ちた画面でしょう。花の白さがおしべの紅色を際立たせていて、色の対比が素晴らしい。
森の中の風景を描いた作品が数点あり、作者の作品はその中でも出色の作品だと感じました。
人物をやや右側に配し、愁いを含んだ表情でゆったりとテーブルに肘をかけています。
オーソドックスな描写で絵具がしっかり重ねられ重厚感があります。
また、画面全体の配色が見事に計算されていて特に赤いスカートとエメラルドグリーンのシャツの組み合わせが印象深い。
近年、写真に頼る絵画が多くなってきている中にあって、対象にしっかりと向き合って描いている描画姿勢が観るものに心地良さとして伝わってくる素晴らしい作品となっています。
この作品から心地良い風が吹いています。
小石、花、日陰も土の湿りまでも描けて、幼子の周囲を包んでいます。
キックバイクに乗る子は、しっかりとしたデッサン力を示しています。このような幸せな気分で描かれる作者にエールを届けたいと思います。画面全体に幼子のかわいさが満ち満ちています。
複雑ですが、画面上部、中央部そして下部右側が赤い色で構成されています。電子部品なのでしょうか、上部右側の物体の存在が気になります。「今」を切り取り、人の愚かさを表しています。描かれているもの個々に物語りがあり、部分も全体も作者の「ワールド」になっています。ヒエロニムス・ボスに傾倒の作者。この作者からボスを知らない人も、知っている人もヒエロニムズ・ボスの「世界」の入口に立ってください。
ヒエロニムズ・ボス:没後約510年ネーデルランド生まれ・キリスト教の教えと人間の愚かさを現代に生々しく伝える画家
実に爽やかな秋の風景です。何度も現場に足を運んで描いた透明な空気感が上手に表現されています。写真のみを頼りに描かれた作品と一線を画します。
青空に浮かぶ雲の形は画面にゆったりとした時の流れを創出しています。また、山裾に点在する朱の色はポンプ小屋脇の色彩の孤立を防いでおり絵画的知恵を感じます。
卒寿を迎えるという作者の感性は益々若々しく瑞々しくなっていくようです。
絵画の確かな技術を若い感性を駆使して現代日本の状況に対する強烈なメッセージを感じます。
「大人はウソツキ」「戦」「学校、自分中心の考え」等の文字にドキリとさせられますが、凛として前面に立つメイドカフェの女性や左下の工事中の看板に書かれた「新しい時代をつくっています」や中央上の旗にある「希望」の文字を見て救われます。
日本の若い世代に期待しましょう。
店の脇に停まった四台の自転車を後方から細かな描写で描いている水彩作品です。
自転車の向きを少しずつ変えて、地面も確かに描き、向かいの店のガラス窓には走る車が映り、町の日常の雰囲気も感じられます。自転車が精密に描かれたことにより、自転車の持ち主の若者たちが休息を取っている様子、臨場感も感じられ見事な出来栄えで秀作であります。
2011年3月11日、東日本大震災発生。地震のみでなく津波により、多くの命、それまでの平和な日常が無惨に奪われました。
この作品はそのような大切なものが、あっという間に失われてしまう無常さ、悲しさを表現すると同時に、ただ打ちのめされているのではなく立ち上がろうとする意欲、希望を感じることができます。作品全体が暖かなグレー調の中に崩壊した建物の隙間から見える明るい空、埋め立てた土の温度を感じます。
少女が水辺でそよ風に吹かれて立っています。作家は水辺に立つ少女のふとした仕草を捉え、何かを見て、はにかんだ表情、そっと触れ合わせた手の表情に素朴な少女の心を繊細に表現しています。景観も巧みに描かれ、水の表現も美しく深い味わいがあります。近景の植物もおもしろく少女を包み込み、遠景の土手の色とも響き合っています。堅実に捉えた林、そして空が見応えのある良い作品にしています。
本作品は、テーマと視点の現代性、構図の斬新さと堅牢性、描写力の高さと独自性、これらが高レベルの高校生作中、最も優れた作品として受賞しました。なお、高校生の出品は167点、内入選が45点、賞候補が3点の中、本作品が高校生奨励賞となりました。また高校生作品全ては一般出品の中に混ざり、大人の一般出品者と同じ基準で審査されており、その上での入選であり、そして本作は堂々の受賞です。
貯水槽に水が入った様子を上空より描いた作品。水面に空が映り、広い空気を強く感じ広がりのある作品となって、見ていて気持ち良い作品であります。上部より貯水槽の曲線が全体に広がり、下部の直線で画面を締めている。構図的にも良くできた作品で下部の草と地面、建物でその場の雰囲気も出しています。
秋の淡い光に包まれた公園の芝の上で佇む少女。芝のグリーン、少女の肌の暖色の対比、髪をしばったリボンのアクセントが効果を上げています。
作者は油絵の具とテンペラ絵具との混合技法を用いて巧みに表現しています。技術的なテクニックが素晴らしいが、作品に向かう愛情が感じられてとても素晴らしい。今後の益々の発展を期待します。
審査主任 長谷川 倫子
近年の埼玉県展第3部(彫刻)では、石、金属、木、石膏、FRP、テラコッタといった「彫刻の王道」とされる素材に加え、段ボールや紙、ペットボトル、プラスチック、樹脂粘土など、身近な素材を工夫して用いた作品が増えています。こうした傾向は、彫刻という表現の枠を広げ、ジャンルの境界を探りつつ、新たなアートの可能性を感じさせるものでした。
受賞作品には、素材と表現の方向性がうまく一致した作品が選ばれましたが、賞に届かなかった作品にも強いメッセージ性や新たな表現を模索する意欲的な作品が多数見られ、審査には時間をかけて慎重に議論を重ねました。さらに、今年は高校生の出品も多く、若い世代の挑戦的な作品に、私たち審査員も大いに刺激を受けました。
時間と手間を要するテラコッタの制作技法を丁寧に習得し、そのうえで作家自身の美意識を作品に重ね合わせています。女性の内面的な感性と結びつけることで、一つの塊として構成された空間には「希望の祈り」ともいえる静かな力強さと温かさが感じられます。素材への深い理解と、感情を造形に昇華させる表現力が見事に調和した、完成度の高い作品といえるでしょう。今後のさらなる探究にも大いに期待が寄せられます。
本作品は、マルク・シャガールへのオマージュとも受け取れる表現を試みており、その点が作品の大きな特徴となっています。テラコッタの素材感が見えなくなるほど色漆を用いた着色は、賛否が分かれる可能性もありますが、独自の美意識と表現への強いこだわりが感じられます。素材と色彩の関係を大胆に捉えたその姿勢は高く評価でき、次作へのさらなる発展が大いに期待されます。
この作品は、鉄パイプに切込みを入れ、円錐状に絞ったり、先端を尖らせたり、弓なりに曲げたりすることで、多様なフォルムを創出しています。その構造の中にカラーの球体がリズムよく配置されており、全体として軽やかな動きを感じさせます。見る人によっては、楽器のようにも見え、奥行きの浅さも相まって、カンディンスキーの抽象絵画を想起させるような、視覚的に楽しい作品となっています。素材の硬質さとは対照的に、遊び心あふれる構成が印象的で、金属造形の新たな可能性を感じさせます。
本作品は、工芸・人形・彫刻といった複数の分野を横断しながら、新たな表現を追求している点が非常に魅力的です。素材選びと表現方法がうまく結びつき、作品全体に強い存在感が感じられました。分野の枠にとらわれない自由な発想と、造形に対する真摯な姿勢が伝わってきます。今後のさらなる挑戦と発展を大いに期待しています。
テラコッタの技法による女性の胸像です。素直で誠実な造形と、雪を想わせる白を基調とした優しい色使い、その下には色の異なる粘土を用いた表現への挑戦や、テラコッタ特有の難しさとの格闘の跡が見え隠れし、作者の努力がうかがえます。清楚で静かな佇まいが確かな存在感を放つ、魅力的な作品です。
水泳選手の胸像であり、肌と着衣には異なる着色が施されています。近代彫刻では彩色を行わないのが一般的ですが、ギリシャや中国の古典彫刻には彩色された例も多く、このような着色方法にも十分な説得力があります。本作品では、顔に手を当てるポーズが取られており、特に手の表情が豊かで、立体的な構造を的確にとらえています。細部にも丁寧に視線が行き届いており、制作にかけた時間と観察力の深さが感じられます。「健康に感謝」という題名から、有名な水泳選手を象徴的に表現した作品であると理解でき、主題と造形がうまく結びついています。
人体の動きを丁寧に観察し、全体を意識しながら部分を制作している様子がうかがえ、好感が持てます。樹脂という材質を用いながら、展示時に形が見えやすいよう工夫された着色にも作品への配慮が感じられ、生命感が伝わってきます。高校生でありながら台座部分の処理も丁寧で、作品全体の安定感を支えています。派手な素材や奇抜な形・色で注目を集めがちな現代において、彫刻の本質に真摯に向き合おうとする制作姿勢は、時代を問わず大切なものです。今後の制作にも期待しています。
鉄を約1400度に熱して液体にし、珪砂の型に流し込む鋳鉄という技法で制作されています。圧倒的な重量感に加え、水面にカプセルのような物体が飛び込む瞬間を想起させるスピード感もあり、造形としての緊張感が漂います。タイトルの「溶けてゆく」は、融合を象徴しているのでしょうか。かつて東京を焼き尽くした焼夷弾を思わせる形態のカプセルが、今や癒やしの海へと溶け込んでいく——そんな想像が膨らみます。底部にある穴は、融合のその先を覗き込むための小さな窓のようでもあり、鑑賞者の思索を誘います。
審査主任 西 由三
第73回展の工芸部門は一般(会員を含む)搬入数249点、その内入選数146点、入選率58.6%となりました。出品数は前回より僅かに減りましたがほぼ横這いで多くの地方展で出品数の減少が見られる中、昨年の19点増を鑑みれば良い数字かと思います。工芸は種別にもよりますが材料を加工する為の作業場、工作機械、様々な道具類など始めるだけでも多くのハードルがあります。その中でこの数字を保っているのはこの地の工芸に対する意識の高さを表しているかと思われます。しかしクオリティーの高い作品が多い反面、初歩的な技法の知識や技術が足らずに残念な結果になっている作品も多く見受けられます。適切な指導を受ければもっと伸びるだろう作品を前に歯痒い思いも感じています。その様な観点から始めた講評会も今では各部に定着している様ですが惜しくも選外になった方や受賞を逃した方にこそ是非参加して審査員の意見等を参考に研鑽に励んで頂きたいものです。
漆着色し折溜(おりだめ)した素材を螺線の四角に組み上げた作品です。四辺の隙間から程よい調子で内部の艶有の落としが覗き上品でスマートな作品に仕上がっています。大胆な構成ですが細部の組み立ては非常に緻密で極細の籐(とう)材をきれいに巻き込み漆でカッチリと固めています。力量ある作家の今後の出品を期待しております。
六角形に絞った口縁が美しい花器です。外側にはトルコブルーなの色が澄み渡り釉を線抜きして慈雨のイメージが観る側に伝わってきます。ロクロの技術、作品のデザイン共に良い秀作です。
ウォールナットの印籠造りの箱です。底縁・天縁・合口縁の素材はパドック(南洋材)の赤色で輪郭を強調しています。内部外部共にガラス素材塗料で仕上げて素材の色を見せています。天甲板を波様に削ってウォールナットの縮杢をより強調して成功しています。造形についてはもう少し細身に、パドック縁材についてはもう少しうすく仕上げれば、より良い作品になったと思います。
植物染料で丁寧に染めた細糸で織った作品です。風車を白の絣織で表現。また無地の部分に織り込んである黒色の細い横絣が白を生かす効果的な働きをしていて、のどかな風景を展開しながらも細やかに心がくばられている作品となっています。
縞模様を基にした、色も落ち着いた青の着尺です。青色の縞に薄紅の経糸を配して、しっかり打ち込まれた緯糸に時折織り込まれた銀糸が控えめに主張する素敵な織物です。色合いの落ち着き具合と共に織りの仕事の確かさも相まって素晴らしい作品に仕上がっています。
木賊(とくさ)が群生する様子を表現した香炉です。銅と錫の合金の青銅で緑の茎を、銀で冬枯れした部分をそれぞれ鋳造し、鑞(ろう)付けして組み上げています。細かく繊細な鋳物の技術も然る事乍ら異なる素材の特色を生かした構成や、それを香炉とするアイデアは作者の立体造形に対する確固たる力量を示しています。
切った紙を材料にして、粗密のある空間を効果的に構築して制作された作品です。線状の向日葵とそれを受け止める背景の色彩が効果的に配置されていて、力強くそして説得力のある画面になっています。これからの紙芸の牽引力となる力量に期待したいと思います。
「一陽来復」とは「悪いことは終わりいいことが始まる」というメッセージで、「金属パーツを身に付け陶で作った妖精のようなキャラクターが、七宝で作られた異次元の入り口のような所に手を合わせて祈っている」ように見える作品です。身近な事柄から広く世の中で起こっている物事までを包括して作者は表現しているのでしょうか。様々な素材と技法を織り交ぜた制作方法とも合わせて、高校生らしい意欲的な作品に仕上がっています。
ダイナミックな欅の材を花型五弁の意匠として大胆にいかした刳物の作品です。見込みから五弁にかけて複雑な曲面を作り込み、木目の広がりも美しい作品です。高台には工芸作品を取り扱う所作にも満足のいくものであります。拭漆の仕上がりも作者の行き届いた技術力があり、素材を高める感性がともない高評価されました。委嘱出品者として秀作であります。これからの作品にも大きな期待を感じるところです。
審査主任 奈良 衡齋
コロナ以降出品減が続きましたが、前回やや落ち着きを取り戻しました。今回は世界的な混乱や国内の物価上昇等の不安材料が多く、大幅な出品減ではないかと危惧していましたが、公募321点で、前回比9点マイナスで収まりました。しかし、前回4点あった高校生出品が1点になってしまったことは非常に残念です。
鑑別では部門ごとに入選ラインを決め、厳正かつ公平に得点の高い順から決定し、同点の作品は再度投票で決定しました。
入賞作品を決めるにあたっては、候補作品の一字一句を審査員全員でチェックしました。毎年言われることですが、今回も誤字が目立ちました。真剣に制作された作品ですから、審査も丁寧にできるだけ穏便にあたりましたが、どうしても入賞できない作品が出てしまいました。誰が見ても大丈夫という文字で制作されますよう、重ねてお願い申し上げます。
今後一層の精進、進歩を願ってやみません。
今年の県展でかな作品が知事賞に選ばれたことは大変喜ばしいことです。作品題材は県展時期にふさわしい短歌で「緑なる松にかかれる藤なれど己が頃とぞ花は咲きける」と松に身を寄せる藤が自己主張しているおかしさを詠んだ紀貫之の歌。料紙、構成も観る人をひきつけ、大字がなの強さと繊細さを兼ね備えた素晴らしい作品になりました。
縦長型の字を横に広げ、横広型の字を縦に伸ばすなど造形感覚の力量が素晴らしく、安心して見られる深い作品です。このような造形感覚は長年の臨書学習に裏付けされたものです。漢字作品には珍しい方形の額寸法にチャレンジして、高青邱詩の七言絶句を見事に新鮮な作品にまとめられました。作品作りのヒントにとても参考になる作品です。
戦乱の世に悲歎にくれる心情を詠う杜甫の七言律詩を2行書き2枚に見事に書き上げた傑作です。作品を拝見して、争いのない世界に思いを馳せた次第です。淡墨ぎみで若干滲む伸びやかな線で、墨の濃淡と文字の大小変化が調和して余白の美しい作品になりました。一枚目と二枚目の響き合いも見事です。益々のご活躍を期待いたします。
柘榴の花が開ききらない閑散とした庭の情景を詠んだ七言絶句を題材に、見事な筆さばきによる、切れ味がよく、深くて美しい細身の線でリズミカルに表現され、感動が伝わってくる秀作です。文字数と文字サイズがよく調和して余白が美しく、清んだ墨色と墨の濃淡で格調高い作品に仕上がりました。益々のご活躍を期待いたします。
春なのに遠く旅に出た友人を思ってやるせない心情の五言律詩を力強い線で書き上げられた秀作です。長年の鍛練による見事な筆さばきにより自然に曲がる線が特徴で、第2行を柱に安定した構成になっています。文字の大小、墨の濃淡の変化もよく調和し、余白も美しく渇筆がよくきいています。益々のご活躍を期待いたします。
長年に亘って積み上げられた練度の高さに感服いたしました。中国・清代中期の書家「王文治」の詩50字を美しい墨色で、筆線の一点一画に心をこめて格調高く書き上げられました。文字の大小の変化、行間の余白の白さも魅力的な秀作です。益々のご活躍を期待いたします。
調和体3行。落ち着いて、弾力性と柔軟性を兼ね備えた用筆が活き活きとしています。また、爽快感とリズム性に富んだ筆致が輝きを放っています。自然体で力むことなく淡々と展開され、絶妙な調和をそなえた情趣ある作品となりました。広々とした美しい庭園が目に浮かびます。
高青邱の五言律詩二首を豊かな創作アイデアによって上手くまとめられました。縦四行を二行ずつ分けての作品は行間の白がより美しく、立体的に見せる効果が成功しています。墨の色と額装の群青色が相乗効果を成し、それぞれが生かし合っている秀逸作品でした。
「德育」二字を金文で紙面全体に力強く闊達に書き上げ、見る者を圧倒する秀作です。「德」字の“目”部の動きにアクセントを付け、中鋒で大胆に仕上げています。大小疎密の変化を工夫した文字群が軽くうねるように連なり、そこに重厚な筆線を交えることで快いリズムが生まれ、余白の配置の巧みさが作品に余裕をもたらしています。今後のご活躍を大いに期待いたします。
伸びやかで爽やかな線質が作者の持ち味です。勢いがあり気迫十分、熟達した印象を与えます。墨量の変化が絶妙なバランスで自然な抑揚を生み出し、文字同士が呼応し合い、全体として格調高い作品となりました。特に2行目の流れが秀逸で均整の取れた安定感が見事、観る人を引き込みます。長年の研鑽の結実でしょう。今後の益々のご活躍を期待いたします。
敦煌で発掘された漢代の木簡書「居延漢簡」の臨書です。長さ約23cmほど、横幅は狭い木の札に墨書されていて、隷書でありながら篆書の影響が見られます。字形は縦長に延びる線が特徴的で、また特に右払いが大胆です。特徴を大変上手に捉えてのびやかな作品です。用紙の色も適切で美しい作になりました。
全体の構成、墨の配分、間の取り方等が巧みで気品のある力作です。特に文字の大小の変化は見事で、伸び伸びとした線質には抑揚があり爽やかな流動美を感じます。これはきっと長年の努力と鍛練の賜でしょう。今後更なるご精進を期待いたします。
審査主任 白鳥 正一
第73回展は、応募総数908点、入選点数410点、入選率45%になりました。
今年度も審査員7名で行われました。各審査員のよく見て、理解する眼、見極める眼、審査ではとても重要になってきます。
上位作品には個性と表現力があり審査員を悩ませる作品もあり、討議を交えながら厳正に審査いたしました。
写真が日常生活に深く浸透した今、写真を撮る際には、その景色が好きか、撮ることが楽しいか、その対象を愛しく想うか、ふとしたことの瞬間的な出逢いに巡り会える喜びを感じるか、といった気持ちを大切にしていただきたいと考えます。
審査では、心に思うことや感じたことが写真でいかに表現できているか、という点を重視しました。
とても気になる写真、好きな写真などから学び学習していただけたら価値のある展覧会になると思います。
早朝の時間帯に、ミクロの世界を求め、作者は通い慣れた所なのでしょう。写真の価値原点は、ここにあるように思います。3枚の組写真で小さな虫の世界を作り上げています。まさに一瞬の凝結。一枚一枚を観ていくと、ほんのひとときが過ぎるとどうなるのかと観る側が想像してしまう写真の楽しさがあります。光沢を抑えたつや消しコーティングが施されている紙を使用することで、落ち着きのある作品に仕上がり、同時に作り方の上手さを感じました。
透過光に映える藍染の暖簾。その脇からぬっと中を覗き込む白髭の老人。日本の伝統文化である藍の美しさと、インパクトのある老人の表情との対比に面白味を感じます。
更に上手いのは画面右側の建物内部をそのままアンダー気味に残し「見蕩れる(みとれる)」視線の先にあるものは何なのだろうか?と鑑賞者に想像力をかきたてるところです。それらの要素が絡まって全体的にとても魅力ある作品に仕上がっています。
開けられた窓や枯れ葉、影から何かの気配を感じさせています。少し強い色を使っていますが調和よく、さらに不思議な世界を強調しているようです。4枚目の影は作者でしょうか?写真の並べ方も絶妙で上から下へと自然に視線の流れを感じます。作者が心に思ったこと、感じたことを表せていると思いました。
黄金色に染まる建造物の円の中で寛ぐ人の足の形に目を止め、それだけに留まらず、絵になる登場人物を待ち、現れた二人の人物の影を絶妙な位置に配置して作品に仕上げており、確かな構成力がうかがえます。また、直線的な手摺りの影も、曲線の構造物の良いアクセントとなっています。
1マスで4枚、9マスで36枚の木葉を使って表現し、反転させて画面に配置することでバランスを整え、中にカラー写真を入れたことでとても遊び心とオシャレ感覚を持ち合わせた作者なのかもしれません。作品から仲睦まじい家族をも連想させます。これからも自分の世界を探求し続けてください。
この作品は被写体に頼ることなく、作者が見えている、そして感じている世界を独自の感性で作り上げた空気感と時間の経過を感じる作品になっています。3枚で綴ることで観る側に想像性を持たせます。
アンティークショップと思われるウィンドウのオレンジ色と雪が混ざり、普段見られない独特の景色。親子と思われる人物を入れ、時計を見ると子どものお迎えの時間帯とも感じられます。作品の仕上げも良く奥行き感もあり、とても良い街角風景写真に仕上がっています。
古くから日本で実施されてきた温泉療養、作者はこの地に何度か訪れ、静かな時間を過ごされたことを想像します。一枚一枚丁寧にプリントされた作品は、統一感のある色調と郷愁を感じさせる独特の雰囲気を醸し出しています。
人生100年時代を迎え碁石に向き合う至福の時、写真からは静かな時間が流れ、左側から柔らかな光の中、男性からはとても穏やかな印象を受けます。画面には写っていない家族が暖かい眼差しで男性を見ている感じがします。プリントも綺麗で色調も自然な感じがとても良い作品になっています。
建物の造り、明るさから宿場町の早朝なのでしょうか。舞い上がった雪に差し込んだ逆光により、雪の輝きの美しさと冷たさが感じとれます。モノクロプリントにしたことにより、かつて盛んだった宿場町の音が聞こえてくるような作品に仕上がっています。
ビルの狭間から女性が階段を下りていく姿に、都会の一瞬の静寂が映し出されています。幾何学模様と左側に映し出されたイエローの建物が都市空間の怖さを暗示しているようにも見えます。
映し出された作品からは、作者が毎年この場所を訪れ長年撮影を続けていることが伝わってきます。作品には気象条件、時間の選択、桜の開花時期などが絶妙に組み合わさることで、観る者の心の奥にある原初の風景が感じられます。この一瞬を見事に捉えた作者の感性に脱帽です。観ていると心が自然と落ち着きます。
何気ない身の回りの景色から、作者の感性で切り取り、集め作品にしています。物を見る目の確かさを感じました。スマホ世代が慣れ親しんでいる縦長画面を5枚並べ、その置き去りにされたものを考えるのも面白いと思います。
街のスナップ写真からは、この時期独特の風の冷たい空気感が伝わってきます。モチーフは、金属や人工物、樹木。特に3枚目の写真ではカートを引く人物を右側に来るように配置し、長くのびた影、左側を開けることで時間の経過と冬の一日が表現されています。心に感じたことを上手く形にできる、確かな目と技術力をお持ちであると感じました。